『藤蔓哀歌・糸網』
「Ah〜A。さってと、まずは下調べってNe。しかし、俺らとあんな二人組みだなんて、牛尾さんもホント何考えてんだかわかりゃしねえNa…」
ぶつくさと言っていた、長い羽織を纏った人物は、ぴょんぴょんと身軽に家々の屋根上を移動し、不意にそれらの合間に姿を消した。
「あ、おっかえりー二人ともvどうだった、初仕事?」
二度目に通る扉を開くと、兎丸がやはり人懐こい笑顔で駆け寄ってきた。対する猿野は不機嫌そのもの。子津もはは、と苦笑いを浮かべる。
「どーもこーもねえっつの。キャプテン何処だ、キャプテン!!」
「はぁー?なに、なんか嫌なことでもあったの?…あっ、怪我だケガ!だいじょーぶ?」
呆れたように、しかしちゃんと心配そうに訊ねる兎丸を無視し、乾きかけた傷を軽く撫でながらすたすたと部屋の中へ入ろうとする。と。
「うわっ!」
猿野が驚いたように声を上げた。つられて子津も兎丸の向こうを覗く。するとそこには、また見慣れない人物が少し困ったように眉尻を下げていた。
綺麗な人だ。
牛尾に会った時のように、そう思った。
蒼い髪と、瞳を覆い隠す西洋のサングラス。
「司馬!てめえ、いるならいるって言えよ!!」
「何言ってんのさあんちゃん!フツーそんなこと言わないでしょー!!シバくん気にしなくていいからねっ、あそうそう、さっき言ってた新人さんだよ、この人が!ね、いい人っぽいでしょ?」
わやわやと言い合う二人に口を挟めず、子津と“司馬”は半ば呆然と立ち尽くす。が、その時、子津はその人物と目が合った。もちろんサングラス越しではよく分からなかったのだが、確かに司馬はこちらの方を見ているのだ。反射的に体が挨拶をしていた。
「あ、あの、子津忠乃介って言うっす。よろしくお願いします!」
ぺこっと頭を下げると、相手はやっぱり戸惑ったように困ったように顔をしかめた。そして、兎丸のほうへと顔が向く。
「え?何、シバく…あ、ネヅくんね。ネヅくんネヅくん、シバくんがこちらこそどうぞよろしく、だってさ。良かったねぇなんか気が合いそうでv」
にこにこと言う兎丸。なんで司馬でなく兎丸が話すのだろうとは思ったものの、どうやらこの組織内では暗黙の了解が成り立っているらしかったので何も突っ込まずにおいた。
で、はいっすと言おうとした時、またしても新しい声。
「おや、君が話に聞く新入りさんですか?」
丁寧な口調に見合い、凛とした声だった。その声がしたのは、部屋の奥。
沢山の本が並べられた棚の前に、その人物は立っていた。眼鏡と、薬師のような濃紫の衣装。ああまた変わった人だとか思っているうちに、その人が持っていた本を閉じてすたすたと歩み寄ってくる。
「始めまして、私、辰羅川信二と申します。一応あなたと同じ補助型ですので、分からない事があったり猿野くんの相手が難しかったりした場合は、どうぞご相談下さい。あ、それからこちらは私のパートナーの犬飼くん。初めはとっつきにくく思われるかもしれませんが、本当は優しい方ですので…」
「辰。…五月蝿い。」
不機嫌そうな声は、辰羅川のさらに後ろからであった。そうっと見てみると、これまで見てきた人々の中でも一際目立って異様ななりの少年が、壁にもたれ腕を組み眉間に皺を寄せていた。金色の瞳がじろっとこちらをにらむ。白銀の髪と日に焼けた浅黒い肌が、不思議とそのシンプルな白地に緑の襟の羽織に似合っている。
「…あ、あの……」
「お前、そこの阿呆と組むって、本当なのか。」
「え?」
「オラてめえこの黒犬!!誰が阿呆だ誰が!!」
ぽかんとした子津の前にいきなり割って入ってきた猿野に、犬飼は冷たい視線を向ける。
「言ったまんまだ。お前だよこの馬鹿猿が。」
「何ぃ!?」
ぎゃあぎゃあと猿野だけが一方的に五月蝿い喧嘩が始められた。子津と司馬はおろおろとし、兎丸はまぁたやってるよホント面白いなあこのヒト達vとか言いながら楽しそうに見物、辰羅川だけが真剣に喧嘩の仲裁を試みていた。
「お、お二人とも!!お止めなさい、もう、顔を合わせるたびにこれなんですから…キャプテンが帰ってきても知りませ」
「うん、その通り。」
辰羅川の言葉も半ばに、涼やかな声。びしっとその場の人々が固まり、そこにはただ牛尾が床を踏みしめる音だけが響いた。
「全く、帰ってくるなりこれかい…二人とも、元気がいいのは良い事だけれど、同士討ちはちょっと困るなあ。以後、極力慎んでくれたまえ。いいね?」
相変わらずの優しげな笑みと共に繰られる言葉に、犬飼も猿野もそろって小さくすんませんと呟くばかりであった。子津はいつの間に入ってきたのだろうとしきりにいぶかしがっていたが、それもすぐに牛尾の言葉により止められる。
「さて、猿野くんに子津くん。初仕事ご苦労様。なかなか見事な仕事振りだったよ。」
「あ、ありがとうございま…って、キャプテン!!見たんですか!?ずっと!」
「ははは猿野くん、一応、新人に対しての初仕事に監視というのは恒例ということになっていてね…まあ、それはどうでもいい。早速だが次の仕事だ。」
うわあ早いねぇそんなに兄ちゃんたち手際いいの?と嬉しそうに言っている兎丸には少し微笑み、続ける。
「今度はカマイタチなんて軽いものじゃない。鬼の相手だ。」
うげ、と小さく猿野が呻いたが、牛尾は無視した。
「そのために、今、虎鉄くんに下調べをしてもらっている。細かいことが分かり次第、彼とも合流してもらうよ。」
「え゛っ、キザトラとぉ!?っつーかキャプテンっ、なんであいつがそんな情報型みてーなこと……」
「近々“瘴穴”が開きそうな動きがある。」
慌てふためいた猿野の言葉を遮るように、静かにだがきっぱりと牛尾は言った。よく分からない子津を除くその場の人々が、瞬時に身を固くする。
「そのために、4番隊には他の事を気にせず、集中していてもらいたいんだよ…だからね。」
少し真面目な瞳をまっすぐにその場の人々へ向けて。
「今は、極力僕たちだけでこの街を守るんだ。僕たちしかいなくても、例え、僕たちがそれぞれに一人きりになってしまったとしても、だ。」
牛尾が口を閉じた。沈黙が降りたが、それは決して畏怖などではない。
ほんの少しだけの緊張を織り交ぜた、何より強い決意の中の、軽い沈黙だった。
「N−?なーにをそんなそろって深刻そーなカオしてんDa。」
突然沈黙を破った軽い感じの声に、全員がばっと入り口に視線を向ける。
「うわ何よ、そんな全員で睨んだりしないでくれRu?恐えっつーNo。」
ケタケタと笑って全く“恐い”などとは思ってもいない表情の男は、両手を上げつつそれでも視線を牛尾に向けた。
「牛尾さん。いちおー見てきましたYo。」
ありがとう、といつもの微笑みの後、
「で、どうだった?」
いつになく真剣なその響きに、比乃がちょっとキャプテンただの鬼なんじゃないのどうしたのとピョンピョン飛び跳ねながら聞いてきたが、手の平一本で遮る。
「倒したのかい?」
静かに訊ねた牛尾に、虎鉄は全く表情を変えず笑みを浮かべたままで
「ハイと言えばハイだし、いいえと言えばいいえっすNe。」
なんだそりゃオイキザ虎てめえふざけんじゃねえぞとぎゃあぎゃあ言い出す猿野は子津が(なんだかよく解らないながらも)抑え、牛尾はもう一度訊ねる。
「…どういうことかな。」
「ありゃあ本体じゃねえってことっすWa。」
こともなげに言った虎鉄に、牛尾は目で先を促す。他の者は目を丸くした。
「N−、行ってみりゃあ餌一粒でカンタンに釣り出せたんですけどNe、なんか変だったんですYo。いくら斬っても裂いても倒れやしねえ。しかも斬られるほどにぎこちなくなっていって、それでもちゃーんと動く。おかしいと思って、勘に任せて斬ってみりゃ……」
すっと右腕を差し出した。その腕には、肘から手の平にかけて細い細い透明な糸のようなものが絡みつき、指先などは血が巡らなくて赤黒く色を変えていた。糸が、まるで意思を持っているかのようにキリキリと締め上げている。
「…こんなもんが付いてきましてNe。」
「これは……」
牛尾の目がじっとその糸を観察し、少し指で触れる。
「…ただの糸じゃないね。というか、糸ですらない。細く絞られた、霊気の束だ。」
さすが牛尾さんすぐ判りましたNe、と軽口を叩いた後、
「まあ鬼の方はそれで消えちまったんですけど、これだけは健在なんすYo。もー鬱陶しいったらなくっTe。」
「…それは、つまり……」
「ええ。ありゃあもう鬼自身の方には自分の意思とかはなかったでしょうNe。誰か、この糸みてーなので操ってる奴がいRu。しかもあの後しばらくは付近を捜してみたがなんにも怪しいもんはいなかっTa…相当遠くにいたとしか考えられない。」
それきり、牛尾は虎鉄の腕に巻きついた糸を見つめたままで、考え込んでしまった。比乃がなんだか面倒そうだねぇと気楽な調子で言った。
「…とりあえず、虎鉄くんは鹿目くんのところへ。早急にその糸を取らないと、指先が死んでしまう。」
ようやく出された指示に、言われなくっても行くつもりですYoと虎鉄は笑みながら言う。
「それから猿野くん。さっき言ったとおり、この仕事は君と子津くんにも加わってもらう。何をすればいいかは大体分かるだろう?…相手は虎鉄くんの捜索が及ばないほどの遠くから、それでも鬼を操るだけの力がある。出来るだけ慎重に行動してくれ。いいね?」
あい、分かりましたっと元気良く返事をした猿野のそばで、子津は一人ぽかんとしていた。何をしろと言うのだろうとか、シカメとは誰だろうとか、解らないことがありすぎて。
「お前、ちいっと買い物してこい。」
再び外に出てから約数分。ずっと黙っていた猿野が突然言った言葉はそれだった。
「はあ?…って、えっ、捜査は!?」
「だから、そのために欲しいもんがあるんだよ。俺はキザ虎とその妙な糸にくっついてた鬼がいたとかいうトコに行くから、おまえその間に今から俺の言うもの買って来い。地図は書いてやる金もやる、あとで自力で追いつけ。分かったか?」
例の如く高圧的に言い切った猿野に一瞬反論しようと口を開きかけたものの、結局は、
「……分かったっす。」
そうして、子津は言われた店まで走ることとなった。
「HAhN、テメエ、うまいこと厄介払いしたNa?」
頭上から突然降り注いだ声に、一瞬目を見張り、しかしすぐにああ、と気の抜けた声を出す。かの人物は脇に建っていた茶屋の屋根にどっかと腰を下ろしていた。
「人聞き悪いっすねセンパイ。俺は単にみんなでゾロゾロ行くよりかは役割分担したほうが良いと思って……」
「嘘つけ。顔に出てるZe、顔に。大体要る物なんてなんにもねえだろうGa…ま、あいつはまだまだ経験不足だもんNa−、隣にいるとさぞかし鬱陶しいことだろうNe。」
こいつの方がよっぽど酷えこと言ってるしなとか思いつつも、猿野はそれを顔に出すことなく行きましょうとだけ言った。
「そういや先輩、腕の糸は?」
「N?あー、あれね。ちゃんと取ってもらった。いやーあんだけ腕の良い法術師がいるって、ホント助かるWa。ありがたいねE。」
ケラケラと笑う虎鉄を横目で見つつ、脳裏に浮かぶ嫌味な笑い方の先輩を思う。
確かに、いると助かる人ではあるんだけどなあ。
知らず、苦笑が漏れていた。
「鹿目くん。」
木々のざわめく小さな神社。木漏れ日に軽く目を細めながら、気配に向かって声をかける。すると、
「なんなのだ。」
木のずっとずっと上のほうから、それでも真っ直ぐに耳の中へと音が飛び込んできた。いささか不機嫌そうである。
「全く、用が済んだら本当にさっさと行ってしまうんだからね…追いつくのに苦労したよ。」
言いながら視線を横にずらせば、黒くいかめしい、この時代にはかなり不似合いなジープに乗った、こちらもいかめしい顔つきの大柄な男がただじっとパートナーが下りてくるのを待っている。この移動手段さえ無ければ、簡単に追いつけるのだが。
「五月蝿いのだ。無駄口は要らんのだ、とっとと用件だけ言って帰るのだ。」
再び降って来た声に、そうだね、と答える。
「虎鉄くんの腕の糸、見たね?」
「ん?ああ、あれな。うん、見た。」
「どう思う?」
しばらくの沈黙。そののち、不意に鮮やかなチェリーレッドが目の前に現れた。数枚の木の葉をはらはらと落としながら、逆さの顔が不機嫌そうなままで問う。
「どう、とは?」
「あれはただの妖怪じゃあないだろう?」
うん、と答えつつ、くりんと器用に回ってきちんと枝に腰掛けた状態になる。もう一番下の枝なので、牛尾にもその顔がよく見えた。漆黒のコートが風にはためく。
「というより、妖怪ですらないのだ。霊気を出す妖怪なんぞいやしないからな。」
やっぱり、と言う牛尾の顔が、少し哀しそうな表情になる。
「……霊ってことだね。」
「そうなのだ。」
こちらはなんの躊躇いもなく言い切る鹿目。そのなんでもないふうな顔をしばし見つめた後、ふいに牛尾も笑みを浮かべる。
「…ありがとう。君の意見だけはちゃんと聞いておきたかったんだよ。…多分、早ければ今日か明日にでもまた君を呼ぶ。その時は…宜しく、頼む。」
「りょーかい。」
存外気楽な返事に顔をほころばせながら、去り際に車の中の三象にご苦労さまと言い置き牛尾はその場から立ち去った。
「なあ、三象……」
滅多に話しかけては来ない鹿目が、不意に声を発した。三象は顔を少しだけ上向け、そして耳を澄ませる。
「…牛尾は、優しすぎるのだ。」
ぽつんと呟くような声に、三象は数度瞬きをする。鹿目はなおも呟いていた。
「……優し、すぎる………」
そして最後に小さく付け足した。
「…だから、馬鹿だと言うのだ。」
三象は、いつもの如くがああと呻いただけだった。
----------To
Be Continued.
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to 2.