桜は満開。人の賑わいは明るく騒がしく、しかしそれも遠くにかすんで聞こえて。
 ひらひらと時折散ってくる桃色の花びらと、小川の澄んだ水の音。とても静かで優しい空間。そんな、誰しも思わず顔をほころばすであろう状況にも反応せずに困ったような顔でうろうろと歩き回る少年が、一人。頭の水色のヘアバンドと、少し大きな袋を腰に吊っていること以外は、ごく普通の少年である。が。

 「……入り口って、どこっすかね…。」


 彼、子津は、迷っていた。














                   
序章・『桜日和』














 今日から別の部署に異動と聞いており、渡された地図をもとに行こうとしているのだが。
 肝心のその部署の位置がどこにも記されていない。これではどうやったって着けないではないか。
 「ど、どうしよう……」
もうこの通りに出てから大分経っている。しかし一応この通りのどこかなのは間違いないので、ここを歩き回って探すしかない。
 極秘の部署だから、通行人に聞いても仕方ないし……。
 なんだか泣きたくなってきた、などと思いながらぼんやりと川辺の桜を眺める。と。
「あの……」
柔らかくてあったかい、綺麗な女の人の声だった。へ、という間抜けた声と共に、とっさに振り返る。
 そこには、桜色の地に白花と銀の散った見事な着物姿で西洋の眼鏡をかけた、可愛らしい少女が立っていた。思わず自分の頬がほの赤く染まったのが分かる。
 「もしかして、今日“十二支”に来るっていう方ですか?」
優しい笑みを浮かべながらゆっくりと言ったその人の言葉に、子津は耳を疑った。
「え…あの、今、“十二支”って言ったっすか!?」
「はい。やっぱりそうなんですね?」
「そ、そうっす!!今日から十二支に異動の、子津忠之介っていうっす!もしかして十二支の方なんすか?」
 勢い込んで言う子津に、その少女はふふ、と笑った。
「厳密に言えば少し違うんですけど、一応十二支の方々とはいつも一緒にお仕事をさせて頂いています。子津さん、ですね。私は鳥居凪です。多分今日からはよく会うことになると思いますから、宜しくお願いします。」
「は、はいっ!!よろしくっす!!」
 優しそうだし、可愛い人だな。心の中でそんなふうに思いながら、子津は誠意を込めて頭を下げた。
「では、子津さん。行きましょうか。」
「え?あの……」
「分かってますよ。場所、分からないんでしょう?最初はみんなそうなんです。私、道案内を任されているんですよ。」
「へ……」
「こっちです。」
 すたすたと歩き出した凪の後を、子津は慌てて追いかけた。











 着いた先はレンガ造りの大きな建物。
「え、あの……ここ、署じゃないですか。」
「そうですよ。」
「そりゃあ、十二支も一応警察の一部っすけど…」
「十二支はね、特別ですけど、そんなに堅苦しい物ではないんです。何か滑稽本の英雄みたいに町の外れの外れにひっそり、なんて面倒なことはしませんよ。…あ、ここです。この扉。」
 凪がコンと拳で軽く叩いて示した扉は、古ぼけてはいるがどこにでもある物置らしき扉。実際、横隣の扉はほとんど全て物置だ。
 場所は、警察署の裏口の真横。
「…な、なんて堂々と……」
「隠しても仕様がないでしょ?“相手”が攻めてくれば、私たちはいつだってお迎えいたしますし…もちろん秘密裏に、ね。」
 そう言った凪の顔はやはり優しく笑っていたけど、どこか普通の人とは違っていた。
 この人も、十二支なんだ。そう思った。
「では、行きましょう。多分まだ何人かは残ってらっしゃると思います。」
「は、はいっす!」
 必要以上と言えるくらいに緊張する子津をちらっと見て、凪はくすっと笑った。やはり、優しい笑みだった。









 そこはとても細くて長く、薄暗い廊下だった。片側は曇りガラスのはめられた窓がときどきあるだけであとは壁。しかしもう片方は延々と一定の間隔で扉が続いていた。そしてその上には数字の書かれた札が一応貼ってあるのだが、その数字がまちまち。あとでまた聞こうと思い、その時は放っておいた。
 「ここですよ。」
やっと、凪が止まった。少し頭をずらしてその前を見る。もう廊下の突き当たり、そしてそこは壁でなく、扉だった。上部の札の数字は、12。
「こ、ここが…。」
「ええ。では、開けます。」
「はははっ、はいっ!!」
 慎重に、深呼吸……する間もなく、凪が扉を開けてしまった。
「失礼します。新入団員さんを連れて…」
「うっわーい!ほんとっ!?ほんとに新しいひとなの、凪ちゃーんっ!!」
凪の挨拶に間髪入れず、元気のいい声。そして同時に、開いた扉の前にいた凪の横をすり抜けて、小さな影が素早く出てきた。ぴょーんと勢い良くジャンプしたそれは、子津に思いっきり飛びつい(恐らく本人は歓迎の意を込めて抱きついただけのつもりだろうが)た。
 「う、うわあっ!?」
「ねえねえねえねえ君が新しく入る人!?うっわあ地味な服―っ、あ、気にしないでね、ここの人たちがハデすぎるだけってちゃんと分かってるから…あそうそう、僕はね、兎丸比乃っていうんだよ、比乃って呼んでねv君の名前は?なんていうの?年はー?僕、今年で十六になるんだよ、君もおんなじくらいかなあ?ねえねえねえー!!」
 一気にこれだけまくしあげたその人物は、言った年齢の割にはずいぶん小さかった。しかしくりくりとよく動く瞳は可愛らしく、どこか親しみを感じさせる。服もそれに見合い、ずいぶんと可愛らしいものだった。蝶結びの赤い帯、かなり短い袖からのぞく白い腕。
 あまり荒仕事には向かなそうな人物だ。
 そう思ったものの、自分だって大して腕力もあるわけではない。第一、先の凪とて一見華奢で無力そうなのは変わりないのだ。そう思い直し、挨拶をした。
「は、初めましてっす。僕は……」
「やあ、待っていたよ。君が子津くんだね?」
 突然割って入ってきた聞き覚えのない声に、はっと顔をその方向へ向ける。そこには、微かにきらめく金髪の、とても綺麗な男の人が立っていた。















 「確認させてもらえるかな。ええと、名前は子津忠之介、警察署内通常部署にて三ヶ月の特別訓練ののち、ここ、政府認定特別治安部隊第十二番に配属、と。いいかい?」
「は、はいっす。」
 ふむ、と少し満足げに息をつき、そしてその人は笑いかけてきた。
「はは、そんなに緊張しなくてもいいよ…さて、自己紹介させて貰おうかな。僕はこの十二番隊の隊長を務めている、牛尾御門だ。もっともここの皆はほとんどの場合隊長なんて呼ばずに、通称である“十二支団”に沿って団長と呼んでいる。それすらも少数で、大概は……」
「わ゛―――――――――――っっ!!!遅刻だ遅刻っ、どけどけ邪魔だこの素敵眼鏡ども―――っ!!」
 廊下の板を乱暴に踏み歩く騒音が耳をつんざき、牛尾の言葉はいったん切られる。そして、部屋の扉が派手に開けられ、少し茶色を帯びた髪の少年が転がるようにして走りこんできた。息を切らし、肩を上下させながらも、ぴたっと牛尾の目の前で止まる。
 「…きっ、キャプテンっ!!遅、れ…ましたっ!!!」
「……この通りだ、子津くん。大概は、みんな“キャプテン”と呼んでいる。確か言い始めたのは兎丸くんだったと思うけど、どうだい?とま…」
 しーらないっ、と明るく言い放ち、兎丸は部屋の奥へ消えてしまった。一瞬だけ振り返り、お猿のあんちゃんてば誰も眼鏡かけてないのに素敵眼鏡ってどうなのさ、と、捨てツッコミを残して。
 「…まあいい。とりあえず、好きな呼び方で呼んでくれたまえ。さて、猿野くん。」
すっと猿野を見つめ、猿野はびくっと肩をすくめる。
「理由は聞かないよ。こういったことに訳は必要ない。規則通り、罰走40q……」
「え゛」
「…と、言いたいところだが。」
ふっと子津の方を向いて笑み、そして肩をすくめて言った。
「今日は彼に免じて許してあげよう。猿野くん、今日はこれから丸一日、彼の隊案内、それから一仕事ペアになってもらう。出来るね?」
 これには猿野だけでなく、子津も反応した。
「ええ!?ぼ、僕が…この人とっすか!?」
「俺が、このいかにもトロそうな奴と!!?ちょっとちょっとぉ、マジっすかキャプテ……」
「…猿野くん。40q走るの?」
「行きます。」
即答だった。
 子津は、ただ口をぱくぱくさせていた。扉の近くで、凪がやっぱり優しく笑っていた。


















 猿野は、まず何から言おうかっていうか何すりゃいいんだ、などと普通に大きく声に出しつつ悩んでいた。その背には大きく太い棍棒のようなものを鞘に入れて背負い、ただでさえ目立つ奇抜な着物だというのに、さらにかなり人目を引く容姿となっていた。
 「ええと。あのな、俺は猿野天国。天国って呼んでいい。」
少々戸惑い気味に、しかしきっぱりと言った猿野に子津は、
「は、はいっす。それじゃ、猿野くん。」
こいつ人の話聞いてたのか、といった感じの表情をあからさまに作った猿野にはしかし気付かず、子津はさっそく質問を始めた。
「二つ、よく分からないことがあるんすけど…あの廊下にあったドア。上に札があったっすよね。でも数字がまちまちだったんす。あれ、なんでなんすか?」
 すると猿野は、ああそれな、ちぇっ、よりにもよって一番面倒なこと聞いてきやがってとぶちぶち言ったものの、一応説明を始めた。
 「あのな、俺らのいる“十二支”。正式には十二番隊なのは、さっきキャプテンも言ってたろ。」
「はい。」
「で、もちろん、そのあいだの数字がすっぽり抜けてるのは別に語呂を合わせるためでもうっかり忘れたわけでもない。ちゃんとあるんだよ。一番隊とか二番隊とかな。」
 そうだったんすか?と本気で驚いている子津に半ば呆れつつ、続ける。
「で、だ。さっきあった沢山の扉は、全部そいつらの部屋だったんだ。そいでなんで順番がバラバラなのかってーと、実力順だからなわけよ。」
「実力…ということは、僕たちの強さは十二番目ってことっすか?」
即座にバカ、と返され、子津はびくりと肩を震わす。
「違えよ。いいか、俺たちの所属してる部署は“政府認定特別治安部隊”。そいで、この組織は大きく分けて四つに分かれてるんだ。情報型、処理型、戦闘型。それに、9番隊だけで独立して機能しているフォロー型。それぞれの型につき四つの隊が属され、そして数字が若いほどそれぞれの型の中でも強い、または能力が高いことになってる。俺たち十二支は10、11、12、13で組織される戦闘型で、その中でも一番強い隊なんだよ。あ、十三番は別格だからな。外して考えろよ、外して。」
 なぜ十三は別格なのかと一応聞いたが、猿野は言葉を濁し、答えてはくれなかった。
「…な、つまりだ。さっきのドアは全部、その実力順で並べられてるんだから数字どおりにはならねえわけよ。情報型で一番弱えのは一番、だから最初はフツーに1、次に処理型で一番弱え5、戦闘型で一番弱え10、と。こうなってるわけだ。納得?」
 そんな口上だけで数字をいっぱい並べられても、と思ったが、もう一度説明させるのも悪い気がした(実際猿野はかなり面倒くさそうだった)ので、子津は首を縦に振った。
「じゃあ、二つ目なんすけど。…ええと、あの、仕事ってなにっすか?」
 案の定猿野ははあ!?とかなり呆れて声を上げたが、仕方がなかった。子津はこの三ヶ月の間、これから自分が移されるという部署についてほとんど何も聞かされずにただがむしゃらに特訓をしてきたのである。
 「…ったく、なんなんだお前。そんなことも知らねえココに来たのかよ?」
「は、はあ…すいません。」
「何謝ってんだ、すぐ謝るのは悪いクセだぞ、お前。相手にナメられる。」
ふん、と鼻息をついて言った猿野は自信満々であったが、そう言っている彼自身が自分をすでに“ナメて”いる気がしている子津は、はあ、と生返事を返した。
「しゃあねえな。じゃあ説明してやるよ。俺たちの仕事はな、」
にやりと笑い、言った。
 「妖怪退治さ。」

 子津は、冗談とも取れない冗談を言われている気がした。











 「………よ、妖怪、退治?妖怪って……あの、昔話とかに出てくる?」
「そ。ただし、こっちはマジだぜ。お伽話なんかじゃねえ。下手すりゃ死ぬ。」
笑顔で言い放った猿野の顔をしばし見つめた後、ふいに子津は引きつった笑いを浮かべた。
「な、何を…そんな、妖怪だなんて……何言ってるんすか、猿野くん。もう時代は大正なんすよ?江戸時代やらなんやらじゃないっす。そんなのいるわけ……」
「んじゃ、てめえの目で確かめるんだな。」
「え?」
「俺たち、今までどこに向かってたと思う?」
 はっとし、辺りを見回す。さっきまでの隊の順番説明に夢中であまり気を配っていなかったが、気が付けば人通りのほぼ無い裏路地へとやって来ていた。
 「さ、猿野く……えと、ここは?」
「お前がたった今否定した、“いるわけないもの”がよく出るんだとさ。ついでにヒト喰い殺してよ。」
 言いながら猿野が取り出したのは小さな蒼い硝子玉。ほんの5oほどのその球は、日が当たらず薄暗い路地でもきらりと煌めいた。
「…あの、それ……」
「餌さ。妖怪待つのに時間割いてたら、日ぃ暮れちまうだろ?まあ日暮れ時に仕事することもあるにはあるけどよ。」
 ぱっと球を放す。それは、地に付くと同時にパアンと乾いた音を立てて弾けた。きらきらした霧のようなものが一瞬立ち、すぐ消える。
「ほれ、心の準備でもしとけ。――来るぜ。」
背中の棍棒を抜く。それを見て、初めて子津も呆けた状態からはっと我に返りそして辺りを素早く見回した。
 そして気付く。ざわざわと己が背を焼く、嫌な感触。熱くてでも冷たくて、火かそれでなければ冷たすぎる氷のような。だけどそれらとは違って自分の体にねっとりとからみ付いてくる、その空気。
 後にそれを妖気と呼ぶのだと知ったが、この頃の子津には初めての感覚であった。
 ひゅうっと風が啼いた。
「さー記念すべき初仕事ってやつだ。最初で最後なんてコトにならねえように祈っとけよ。」
 威勢良く言った猿野の頬が、瞬間、ピッと風に裂かれて血を散らせた。



















 「…けーっっ、よりにもよってカマイタチかよ面倒くせえ!!」
愚痴りながらそれでも素早く“風”をよけていく。見えないはずなのにその動きを全て把握しよけ切る猿野を、子津はやはり呆然と見ていた。
「……おいっ!てめえいつまで呆けてんだ死ぬつもりか!?」
 猿野の大声に我に返った瞬間、ぞくりと背中を這う冷感。とっさに横へ飛び退くと、先まで居た場所に生えていた雑草がぱぱん、と弾かれたように払われた。切り口は鋭く、それでいて汁はほとんど出ない。
 「…な、なんなんっすかコレ……!」
「だぁからカマイタチだっつってんだろ!?てめえ補佐役のはずじゃねえか、なんか役に立つことでも言えっつーのっ、馬鹿やろ――っ!!」
 そんな事言われても。
 半泣きになりながらそれでも襲い来る風をよける。なぜか、風が来るたびに背中がぞくぞくざわめくのだ。初めての感覚にしかし戸惑っているヒマなどない。
 気のせいでもなんでもなく“風”の数が増えてきていた。このままではよけきれなくなる。いっそのこと諦めて少し休もうかなどと頭のどこかで考えたが、そのたびに猿野の頬に走った赤い筋が目に入って嫌でも動かずにいられなかった。
 止まったら最後、八つ裂きだ。考えなくとも本能で十分理解できることだった。
 「…ちっくしょう!キリがねえ!!」
突然そう猿野が叫んだかと思うと、先程までは盾代わりにしか使っていなかった棍棒を振り上げた。ぶおんと太い音を立ててそれが空気を裂き、そして“何か”に当たった。
 ギィっという耳障りな悲鳴が響き、ざあっと風が遠のく。猿野が群れの内の一匹を打ち、他の連中もそれに少し恐れを抱いたらしい。木の葉がさざめくような空気の擦れるような、言葉になど到底聞こえない妖怪どもの会話が聞こえる。
 「…ったくキャプテンもほんっと人悪いぜ。なんでこんな新人連れてやりにくい時に一番面倒でしかもある意味厄介な仕事もってくんだよ!」
 どす、と武器を地につき、そして愚痴る。この人愚痴ってばかりだなとか思いつつも、風が遠のいたのをいい事にさっと猿野の背後についた。背中合わせ、死角がなくなる。
 「…ある意味厄介、とは?猿野くん。」
「ああ?あー。ホラ、こいつら素早いだろ?しかも毎度毎度群れ作ってくれてさー、生命力も妖気も最弱レベルのクセしてムダに速くそして数が多い。これ以上面倒臭くてヤな相手ってあると思う?なあ。」
 はあぁーあ、と今にも泣き出しそうな感じの猿野に、はあ、と返す。

 ――なるほど。

 「じゃあこいつら、そんなに強くはないんすね?」
「あ?…ああ、まあな。でもそれがど……」
「だったら話は早いっす。」
 言うと同時に、子津は手を腰の袋に突っ込む。取り出されたのは細身の鎌。その木の柄から伸びた少し荒い漆黒の鎖が、じゃらりと金属的な音を立てた。
「……鎖、鎌……てめえ武器持ってたんならとっとと出しゃいーだろが…」
「猿野くん。僕がコレでうまくこいつらを一箇所にまとめるっす。そしたらまとまった所を君が叩いてください!」
「はあ!?まとめるって、お前……」
「どうせ大してアタマのない相手っす!多少殺しつつなら、少しずつでもそこの突き当りへ…それに、君の武器!それだけ大型の棍棒なら、この程度の大きさと数は一撃で散らせるでしょう!?」
 早口でそれだけ言うと、子津はたんっと跳んだ。

 しゃらりと今度は軽やかな音を立てて、鎖が舞った。



















 ――こいつ、確かに見込みがあるかも知れねえ。
 時々子津の鎖の輪から零れてくる妖怪を潰しながら思う。
 さっきまでは妖怪の存在すらバカにしていたくせに、大した順応力だ。それにこの冷静な観察力……
 牛尾さんがあんだけ嬉しそうにするのも無理ねえわな。それに、十二支に配属されるのも。
 ぐいっと頬の血を鬱陶しげにぬぐい、そして猿野は前を見た。ほとんど終わりかけている、妖怪の“追い込み”を。














 「…猿野くんっ!もういいっす!」
「おうよ!!」
だんっと前に踏み出しながら、少し大声で言う。
 「あー、でもなぁ子津。お前ちっと勘違いしてるコトがある――…」
「え?」
 すでに風化しかけている妖怪の屍骸を踏みしめ、高く跳躍する。日陰から飛び出た体は数十分ぶりに浴びた日光で一瞬陰となり、そしてその影が突如ばっと大きくなった。


「これぁ、ただの棒なんかじゃねえぜ?」


 撫でるように、叩きつけるように、巨大化した影が地を穿った。砂埃が立ち妖怪どもの断末魔が響き、それでも子津は見開いた目を閉じられずにいる。
 「――おう、ぎ……?そんな…胸の高さまである扇なんて、大きすぎる……」
「へへ。いーだろ?俺のお気に入りなんだ、コレ。」
自慢するように、そして愛おしそうに自分の武器を撫ぜる。そしてふと呟くように、
「……それに、凪さんが作ってくれたし。」
 ぼそっと言ったため、子津にはよく聞こえなかった。
「え?何か言ったっすか、猿野くん。」
「あー、いや、別に。それより子津、お手柄じゃねえか。初仕事にしちゃ上々すぎるくらいだぜ。牛尾さんも大喜びするわ。」
 いやそんな…と頬を赤くして照れる子津に、悪戯っぽく笑んで。
「で、子津。これで信じた?俺の話。」

 少しの間。そして、ふうっとため息が漏れた。
「…信じるとか信じないとかの問題じゃ、ないっすよ……」
はははと笑う。
「そりゃそーか。でもまーなんにしろ、俺はお前、気に入ったぜ?」





 顔を見合わせ、今度は二人で笑った。
 どこかで、二人の歯車の噛み合う音がした。…気が、した。


















 「ふむ。思ったとおり、あの二人は相性がいいようだ。」
子津たちが笑い合っている通りから二軒ほど離れた家の屋根上。
 春らしい生ぬるい風に金の髪を揺らしながら、牛尾は満足そうにつぶやいた。



 「へえ、あの馬鹿に合う奴なんかいたんすKa、牛尾さん。」
突然背後からかけられた声にも動じず、ああ君かいと微笑む。
 「うん。半ば諦めていたんだけどね…良かったよ、本当に。そろそろ、彼の単独で行動するしかない状況に、不安を覚え始めていたところだったんだ。」
「こんな仕事ですからNeー…。いつもいつも一人じゃあいつかは命取りになる、Ka。」
 楽しそうに言っているその人物に向かい、牛尾が少しだけ表情を改めて、
「それより虎鉄君。きみはどうしてここに?もう仕事は……」
「HAhN、バッチリっすYo。結構楽に片付きましたZe。」
 当然、とでも言いたげに肩をすくめた虎鉄に再び微笑んで、そして言った。
「そうだ、虎鉄君。ものは相談なんだけどね、次の仕事……」



 彼には相応しくなく、にやっと悪戯っぽく笑んで。



「あの二人と一緒にやってみる気は、ないかい?」






 強く吹き抜けた一陣の風に、桜の花びらが幾つか舞い散った。

 物語が、始まる。





                       ---------------------To Be Continued.