土曜日。

 他愛のないコンビニでのアルバイト、しかしそれも彼にとっては重要な収入源である。




 その日は雲が重く垂れ込めて今にも降り出しそうで、それでいて現実にはなかなか降らない、そんな天気だった。
 天気のせいなのかそれとも他に何か要因があるのかあまり客が来なくて、店員としては楽だが店としてはあまり有り難くない、そんな時に彼女はやって来た。

















                 
『ももいろあめだま』




















 店のドアが開閉した際に鳴るなんとも形容し難い機械音が不意に鳴り響いて、屑桐はぱっと顔を上げた。反射的にいらっしゃいませと叫ぶものの、既に客の姿は無い。ただほんの少しだけ、店の棚の向こうに消える長そうな髪の先を見た。
 淡い水色。生きた人間のものだろうかと少し疑う。しかしすぐに自分の後輩の真っ白な頭髪が浮かんで、その考えは打ち消した。


世の中探せばどんな頭だっている。有り得ない形に固まった金髪だとか不自然にまとまった濃いピンク色の髪だとか。そういえば青い髪なんかもいた気がする。


 なんだ、全部あの雑魚どもではないか・と少しばかり不愉快になりながらレジの準備をしておく。今日の客はこれで何人目だろう、本当に少ない。











 少しして、どうやったのかそれまで少しもこちらに姿を見せなかったその客がやっとのことでレジに来た。白い小さな手に直接握られた、淡い桃色の紙に包まれている飴玉・数個。
 「これ、お願いしま……あ。」
「いらっしゃいませありがとうござ……あ゛。」
二人同時に、目が合った瞬間固まった。特に屑桐の方は。

 冷や汗がこめかみを流れ落ちる。

 「……、えー…215円になります」
「…あなた…華武高校のキャ」
「はい、三百円お預かりいたします」
「…華武の、キャプテンさんかも?」
「こちらおつり85円になりますありがとうございましたー」
淀みなく流れるように言い切った屑桐(営業スマイル付)にしかし彼女、猫湖は全く動じずそのまま問答を続けた。
「質問の答えになってないかも…でも答えてもらわなくっても分かってるかも」
「……」


なら訊くな!!


 と、怒鳴りたいのを必死にこらえ、その「かも」とか言うのを直せと怒鳴りたいのもついでに我慢して、
「…十二支のマネージャーか」
「その通りです…すごい、覚えてましたか」
「お前らはいちいち人目につくんだ」
 忌々しそうにそう吐き捨て、とっとと帰れと促す。彼女は特に留まるでもなく、ありがとうと一言言って飴の入った小さな袋を手に取り、それから抱いていたぬいぐるみをしっかりと持ち直して出口へと歩き出した。その後ろ姿を少し眺め、そしてため息をつく。
 今日は厄日だ、そう呟いて店の奥に行こうとしたとき、どうしてか扉の開く音がせずその気配も無いことに気付いて振り返った。入り口のまん前でぴたりと止まり、戸のガラスに両手を添えて立ちすくんでいる少女の後ろ姿が見えた。


 「…何をしている?」
かなり怪訝そうに訊ねると、霞のような声が返ってくる。
「…雨、かも。」
「何?」
 言われ、隣に歩み寄り、同じように外を見つめてみれば、確かに雨がしとしとと降っていた。土砂降りとは言えないものの、何も無しで歩くには少し強いだろう。
「傘…持ってないかも……」
先程までよりさらに眉をひそめ、困ったように小首を傾げる。きゅ、とぬいぐるみを抱き寄せる姿は可愛らしいと言えなくもなかったが相手は仮にも高校生、あまり言えたことではない。そんなことをぼんやりと考えながら、雨の降る薄暗い外と全体的に白く浮き上がるような妙な少女とを交互に見やった。
 どうするべきかと、屑桐まで一緒になって二人一様に立ち尽くす。

 客は居ない。来ない。

 屑桐と一緒に当番のはずのもう1人は店の奥に入ったきり出てこない。ぼんやりしたおばさんだったし、もしかしたらうたた寝でもしているかもしれない。
 店長の好みで決められた少し古いJ-POPが空々しく店内に響いていた。



 他には、なんの音も無かった。












 「……待っていろ」
「え?」
ようやく発された屑桐の言葉に猫湖が良く理解できず訊き返す。しかしそれには答えず、一旦屑桐はカウンターの向こうに消えた。
 きょとんとした猫湖のところに屑桐が戻ってきた時、その手には群青色に沈んだありきたりで少し古いタイプの折り畳み傘が握られていた。
「貸す。それ差して帰れ。」
抑揚の無い低い声にぱっと目を丸くして、かなり上にある彼の顔を見上げる。
「…いいの…?だって」
「俺は他にも予備の雨具を持っている。良いからとっとと帰れ」
 酷く邪魔そうに、今にも手をパッパッと払いそうな様子でそう言い捨てた屑桐を数秒見つめた後、
「……ありがとう。」

微笑って、言った。











 ぱしぱしと水溜りの水を跳ねながら去っていく少女の後ろ姿を眺めつつ、溜息。厄日だ、呟くと、カウンターに置いたままの自分の荷物を片付けるべく手に持つ。中には店の在庫処分のような形で無理矢理渡された派手な花柄の雨合羽が入っていた。
 帰ったときには弟たちの野次を覚悟しなくてはならない。




 かなり情けない心持のまま、屑桐は荷物を抱え直した。




























 数日後。というか、二週間後。
 やはり雨が降っていて、やはり客足は途絶えていた。静かな店内は寒々しい。派手な色使いの雑誌やポスターの活字が、余計に空しさを感じさせる。
 ゴミ出しにでも行こうかなどと考えていると、外に見覚えのある地味な傘が見えた。

 近づいてくる。










 「……いらっしゃいませ。」
隠すでもなく嫌そうに顔をしかめた屑桐に、相手の少女は薄く笑った。
「返しに来た、かも…」
手に握った傘を少し上げる。しかし屑桐はそれを見て数秒固まり、そして、
「それは結構だ、だが……」
びっ、と外を指差し、
「この雨の中お前は帰りはどうするつもりなんだ」
「あ」

 屑桐の言葉にかなり“そういえば”みたいなニュアンスを含んだ声を上げ、やはり固まる。屑桐は溜息をついた。

 「……しょうがない。またそれで帰れ、もうその傘はやるから来なくていい」
投げやりな言葉に、ふるふると首を横に振る。
「そこまでお世話にはなれないかも…ちゃんと返しにきます。ちゃんと。」
そして自分に言い聞かせるかのようにこくこくと今度は首を縦に振った。

 「……いや、あの」
とても呆れて言葉に詰まってしまった屑桐を無視し、猫湖は商品棚の向こうへ消える。そして、
「これ。」
以前に買ったのと同じ、桃色の飴玉を一個、差し出した。

























 それから、雨が降る屑桐のバイトの日には必ず猫湖がやって来た。どうやって当番の日を調べ出したのかは知らないが(まぁ恐らく一週間続けて来てみたのだろう)やってきて、そして傘を差し出す。決まって、帰る時用の雨具は忘れる。そして桃色の飴を一つ買って、帰ってしまう。もちろん傘はお持ち帰りだ。これの繰り返し。













 「お前は何がしたいんだ。」
ある時堪らずに訊いてみると、相手は曖昧に少しだけ微笑って別にと言った。
「特にどうってわけでもない、けど……」
そしてぬいぐるみを抱き寄せる。






「…でももしかしたら、何か違う形であなたと話せる時を、待ってるのかもしれない。」








 色など無いはずなのに何処か「白っぽい」気のする、淡い声音が紡いだ言葉に、屑桐は思いっきり顔をしかめる。意味がよく分からなかった。
 また猫湖はくすくすと笑う。

「もしかしたら・の話かも。」



 そのまま彼女は飴を握って帰ってしまった。レジ袋など無用である。





























 部活中に桜花に少しこの話してみると、相手は例によって豪快な笑い声をたて、お主もなかなかやりよるのう・と言った。やはり良く分からなかったのでぽかんとしていたら相手はいつもの女たちと一緒に体育倉庫へ消える。そういえばノルマの投球数は越えていた。



































 …今度。
 今度また土曜に雨が降ったら、そして彼女がまた来たら。



 その時は、今までとは少しだけ違う言葉をかけてみようか。








 なんとなく、そう思った。





























 「なぁ檜ぃ、これなんだ?」
遊びに来たもみじが棚の上に置かれた少し大きめのガラス瓶を持って言う。もう少しで半分に達するくらい、桃色の飴玉が入っていた。
「好きなのか?この飴。でも前来たときよりちょっと増えてるけど」
不思議そうに瓶を眺めるもみじに、猫湖はくふっと笑う。
 「貯めてるのかも」
「はぁ?…飴を?なんで。」
“分からない”という顔をしたもみじに、

「占い。もしかしたら、おねがいごと。」

 楽しそうに瓶の飴を見つめて、
「…あのね、最近、とっても面白い人に逢ったのかも…」
「おもしろい…って、どんなんだよ、それ。」
呆れたように言われたが、あまり気にしたふうでもなく、
「色々むずかしい人かもしれないけど、でも…」


 ことん、と棚に瓶を置き直した。








「結局、いいひと、なのかも。」

























 さてさて、瓶が飴でいっぱいになるのが先か、それとも飴を買わなくても二人が会うようになるのが先なのか。








 『神のみぞ知る』。













                                      ----------------------End.
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 他所様の屑猫絵に触発されて「屑猫ってよくない!?」とかって調子に乗って書いた記憶があります。とりあえずでっかい男+ちっちゃい女の子ってのが私的ツボの一つなので、猫湖関連カプは結構好きなの多いです。不思議と子猫はハマんなかったんですが;; ていうか自分、人様のものに影響されすぎ。(汗)

 屑さんのアルバイト風景ってホント、考えるだけで面白いですよね…猫湖でなくたってからかいたくなるわー(ぇ
 話の締め括り投げやりですが、気にしないで下さい(ぉぃ) 飴の値段の相場も知りません〜…味は多分桃味かいちご味。いちごのほうが可愛いけど、桃色っていうとなんとなく桃味のほうがすっきりするかなあ。。